新元号「令和」にこめられた想い  見事に咲き誇る梅の花のように

 

みなさんは新年号「令和」な日々を、いかがお過ごしでしょうか?

新年号が発表された日「新しい時代になるんだなあ」と、感動と興奮を覚えたのはおそらく私だけではないはず。

けれど、いざ「令和」がスタートしてみると、早々に心機一転ムードは収まり、またいつもと同じ調子で毎日をすごしているではありませんか・・・。

そこで、今一度立ち止まり、新年号に込められた想いを再確認してみたいと思います。

梅との深い関わりにもご注目ください。

出典は「万葉集」巻五・梅花の歌 第三十二首 序文

現在する日本最古の和歌集として知られる「万葉集」には4500余首の歌が収められています。

中でも巻五は、九州大宰府の長官だった大伴旅人による盛大な梅見の宴会で詠まれた、三十三首の梅の歌が含まれています。

その序文の中から、ある一文の言葉を組み合わせたのが新年号「令和」になりました。

では、どんな序文なのか見てみましょう。

原文
天平二年正月十三日に、師の老の宅(いへ)にあつまりて宴会を申(ひら)く。
時に、初春の令月(れいげつ)にして、
気淑(よ)く風和(かぜやはら)ぎ、
梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、
蘭ははい後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。
天平二年の正月十三日に長官の旅人宅に集まって宴会を開いた。
時はあたかも新春の良い月が照らし、
空気は美しく風はやわらかに、
梅は鏡の前で美女がおしろいで装うように白く花を開き、
蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。

梅は7世紀に中国から伝わったものと言われています。

当時の日本ではまだ大変珍しく、その希少性と高貴な美しさから貴族たちに愛好されたようです。

大宰府は海外へ玄関口だったことから、大伴旅人の館の庭には梅が植えられていたと思われます。

美しい花と良い香りで集まった人々をうっとりさせていたことでしょうね。

新しい時代の希望がつまった元号「令和」

紹介した序分の前半部分に、すでに「令」「和」の文字が登場していますね。

・「令」は「よい」

・「和」には「やわらぐ」

の意味があり、「令月」は新春の良き月を、「風和ぎ」はやわらかな風を表現しています。

新春にふさわしい美しく清々しい風景です。

 

首相の言葉に「日本の四季折々の文化や自然を、これからの世代にも引き継いでいきたい」というものがありました。

今回の新年号決定のエピソードとともに美しい季節の風景も目に浮かべることができて、まさにこの言葉通りのように感じます。

 

首相官邸で発表された「令和」の意味についてはこうでした。

春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように
一人ひとりが明日への希望とともに、
それぞれの花を大きく咲かせることができる、
そうした日本でありたいとの願いを込め、決定した。

(日経新聞2019年4月2日号より引用)

平成から令和に 一人ひとりに、はじまりの時を

平成の時代には多くの出来事や震災があり、たくさんの人やかけがえのない家族や故郷をうしないました。

でも、その悲しみを乗り越え、それぞれの花を未来に向かって咲かせようという思いが込められ居るように思います。

励まされているようにもとれませんか?

その新しい時代の象徴として、梅の花の季節の風景、始まりの季節の風景が選ばれたことも、とても日本らしいと思いました。

これから先、「令和」という優しい響きと同じように、みんなに優しい時代であればいいなと思います。

日本人が一人ひとり、それぞれの花を咲かせることができるように。

※こちらの記事は、
梅干し仲間の塩梅梅福(あんばい うめふく)さんに書いてもらいました。

 

 

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