大宰府天満宮

福岡県太宰府市にある「大宰府天満宮」には学問の神様として有名な菅原道真公の御(みたま)が祀られています。

学問以外にも至誠や厄除けとしても有名で、日本全国や海外から毎年約1000万人がお参りに訪問しています。

菅原道真公について

京都で生まれた菅原道真公は、幼少のころから学問に秀でていて神童として謳われました。菅原家は、代々宮廷の学者を務める家系です

子供の頃から優秀だった道真公は学者の身分でありながら、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)に認められ右大臣に任命されました。

右大臣は、行政機関の最高責任者である左大臣を補佐する役割です。

現代で例えると、左大臣が内閣総理大臣、右大臣は総理大臣を補佐する内閣官房長官といったところでしょう。

出世した菅原道真公に対する学者や貴族の妬みは凄まじいものだったそうです。

出世した事で、周りの人の反感を招いて、最後は左大臣藤原時平の陰謀により、都より遠く離れた九州の大宰府に左遷されることとなりました。

 

飛梅伝説とは

菅原道真公は庭で大切に愛でていた梅の木、桜の木、松の木との別れを惜しみました。

 その時に詠んだ有名な和歌がこちらです。

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春をわすれなそ
(よみ)
こちふかば においおこせよ うめのはな あるじなしとて はるはわすれそ
(意味)
東風が吹く春になったら、香しい花をさかせておくれ、梅の花よ。
私がいなくなって寂しくても、春の到来を忘れてはならないよ。

 自分がこんなに辛い状況の中でも優しい言葉をかけてあげられる、道真公の人柄が伝わる歌ですよね。

 道真公が都を去った後、梅の木は一夜をかけて大宰府まで道真公を追いかけて飛んでいきました。これが「飛梅伝説」です。

まとめ

大宰府に左遷された後、衣食ままならない貧しい生活を送りながらも、自身の潔白、人々の幸せを祈りながら59歳の時に病でなくなりました。

その後、道真公の願いは届き無実は証明され「天満大自在天神(てんまだいじざいてんじん)」という神様の御位を授かりました。

 毎日の生活の中で本当に思ってもいないような事が起こる事があります。

仕事や人間関係に対して真摯に向き合っていても、意地悪な言葉が返ってくる時もあります。

そんな時でも人を思いやるような優しい気持ちを忘れずにいたい、そんな気持ちになってきませんか?

春の花といえば桜を思いうかべる人が多いと思いますが、梅の花も古の時代から和歌に詠まれるなど私たちを魅了し続けています。

 

 

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